わたしの好きな作家こと、宮沢賢治は、父の職業を一生罪深く思っていた。
父の職業は、当時の高利貸しで、自宅で客を叱責する姿を見ることに、
大変嫌悪を感じていたようだ。
そうだからこそ、ああいう“純粋な生き方”を求めたのかもしれない。
けれども、賢治のこの姿勢は、何も彼のみのことではないかもしれない。
昔から、金貸しにいいイメージがないように、現在も、こそこそと
金を借りている。
自動契約機がいい例で、気兼ねなく利用できるが、気兼ねなく借金をしてい
いるとは言えないだろう。
こういう借金にやましさを感じるのが、日本の特徴かもしれない。
実を言うと、わたしもショッピング枠現金化を経験しているが、最初に気になったのは、
人に知られるかどうかで、担当の司法書士に話すと、
「お客さんの場合ですと、ショッピング枠 現金化でも、自己破産になるので、官報に名前が
掲載されるくらいですね」
「ブラックリストに載るとも聞いていますが」
「ああ、信用情報ですね。自己破産になると、法的には何の問題もないですが、
私的自治の原則から、そういう問題は出ますね」
わたしは、ただ、なるほどと聞いているだけだった。
いずれにせよ、やましさを感じた行為を、やましさを感じたまま、帳消しにした。
法的に認められたショッピング枠現金化ではあるが、堂々とできないところに、慣習の根深さがある。
